【日中を翔る】上海でみた日中ケアの未来 山下勝巳さん
介護の枠を超え、まちの人の「記憶」を編む
大阪府羽曳野市。かつて活気のあった商店街の一角に、カフェとケアマネジャーの事業所を併設したユニークな場所「山勝(やまかつ)ライブラリ」がある。代表の山下勝巳さんは、父親が時計屋を営んでいたお店を引継ぎ、「介護」の枠にとどまらない、新しいまちの拠点として再生している。今回、山下さんのユニークな活動と上海に訪ねた最先端の介護現場、そこから得た気づきを報告する。
「老人は一つの図書館」
山下さんが掲げる「ライブラリ」という名称は、「老人が1人亡くなることは、図書館が1つ焼失するのと同じ」というケニアの格言に由来する。長年、特別養護老人ホームや高齢者住宅の立ち上げなど、介護の第一線でキャリアを積んできた山下さんは、高齢者一人ひとりが持つ知識や経験、人生そのものを「図書館」のように尊ぶべきだと考える。
時計店を継ぐ代わりに介護の道を選んだ山下さんは、2013年にお店に併設する形で事業所を立ち上げた。入り口は誰でも気軽に立ち寄れるカフェ「FIKA(フィーカ)三丁目」。介護の相談ではなく「お茶を飲みに来た」「暑いので涼みに来た」という普段の暮らしの流れの中で、地域の人との関係がつむがれる。ケアマネジャーである以前に、まずご近所さんとして出会いたい——そんな思いを日々実践している。
盲導犬ロボット
上海、驚きの「智慧養老」
2026年6月、山下さんは上海を訪れ、中国の介護市場の急速な進化を目の当たりにした。
中国最大級の福祉機器展「ChinaAID」では、360度センサーを備えた四足歩行の盲導犬ロボットや、囲碁を打つアームロボット、動くポータブルトイレにバイク型車いすなどなど、AIを駆使した数多くの「智慧養老(スマート養老)」が出展されていた。
また、視察先の「抚理健康」では、独自のITプラットフォームにより、数万件の在宅ケアがリアルタイムで一元管理されており、介護保険など公的保障が限られている分、民間の保険会社と組んで広い国土に展開するスピード感も驚きだった。
介護の現場でロボットが活躍する未来
バイアスを捨てて「人」と出会う
渡航前、山下さんは中国に対して「報道によるバイアス」を感じていたと正直にいう。しかし、現地で温かい通訳者や、情熱を持ってケアに取り組む人たちと出会う中で、そのネガティブなイメージは変わっていった。「いい人もいれば、そうでない人もいる。それはどこも同じ。国という主語で語るのではなく、目の前の人と向き合うことが大切」。また、日本は「高齢者介護や認知症ケアの先進国」として現地のスタッフが熱心に学んでいることも肌で感じた。高度なテクノロジーを使いこなしつつも、いかに「人と人との温もり」を融合させるか。それは日中共通の大きなテーマであることを再確認した。
上海で福祉機器展「ChinaAID」を視察
日中の「ライブラリ」で安堵感をつなぐ
山下さんが上海視察で得た深い気づきの一つは、言葉の通じない異国で感じた「怖さ」と、日本語の看板を見た時に覚えた「安堵感」だった。羽曳野市内でも中国人の経営者とスタッフが運営するデイサービスがある。以前であれば「侵食」と捉えたかもしれない光景を、今は「必然のニーズ」として肯定的にみている。
「長年日本で働き、老いを迎えた方々にとって、一番安らげるのは母国語と母国の文化に包まれた場所。世界旅行をするように、今日は中国系、明日は日本系のデイサービスへ、と選べる社会になればいい」。上海で得た経験を胸に、介護やまちづくりという共通の課題を通じて、互いの「ライブラリ」を尊重し合える未来へ——味わいを増したお店のコーヒーが今日も人生をつないでいる。
『千房』中井貫二社長
証券マンからお好み焼き文化の伝道師へ
世界へ広がる大阪庶民の味 中国寧波で店舗オープンも
千房株式会社中井社長(右)と本紙記者
関西から全世界に展開する人気お好み焼きブランド『千房』の中井貫二・代表取締役社長が5月23日、大阪市内で経営者向けのセミナーで講演した。主催は中央区本町で企業経営者を対象にビジネスマッチングや交流の場を提供している「本町倶楽部」。会場には本町倶楽部の会員を中心に多くの人々が集い、「証券マンからお好み焼き文化の伝道師へ」転身を遂げた異色の経営者の話に耳を傾けた。
実父である中井政嗣氏が創業した「千房株式会社」は、関西発祥の人気お好み焼きチェーン。2000年に慶應義塾大学経済学部を卒業後、野村證券株式会社へ入社。超富裕層向けプライベートバンキング部門で14年間従事した。2014年に長兄が急逝したことで家業「千房」の後継者となり、証券の世界から飲食業界へと大きくキャリアを転換。2018年、創業45周年の節目の年に、父の跡を継ぎ代表取締役社長となった。
セミナーでは人材育成に関し「従業員の幸せなくして顧客満足はない」と、現場の声を何より重視する姿勢が紹介された。また千房株式会社では元受刑者の雇用を積極的に進めており、罪を犯した人々が社会に戻るための更生支援に尽力している。公演の中で中井社長は、「つながりの崩壊と見えない貧困が多くの人を孤立と困難へ追い込んでいる」とし、「千房で働くことがその人の人生を変えるきっかけになれば」と話した。
千房は国内では関西を中心に直営・フランチャイズ店舗を拡大し、海外では寧波、高雄、ベトナム、フィリピンなど多くの国や地域に店舗を出し、「お好み焼き」という日本食文化を世界に発信している。特に中国寧波では6月8日に「千房 寧波ラッフルズシティ店」がグランドオープンした。2021年の「寧波阪急」に続き、寧波エリアでの2店舗目。たこ焼や串カツなど、大阪の活気を感じさせる一品料理を充実。中国市場におけるブランド認知度をさらに高め、今後の多店舗展開に向けた重要な一歩となった。(取材/周瑞樹)
【日中を翔る】島原太夫文化を世界に 葵太夫
日本伝統芸能の競演(京都)
太夫道中や京舞、琴、尺八など日本のさまざまな伝統芸能を一堂に集めたイベント「日本の伝統芸能の競演」が5月24日、京都府立文化芸術会館で開催された。主催したのは日本最古の花街「島原(嶋原)」の太夫(たゆう)文化を広める活動をしている置屋「末廣屋」。会場は立ち見が出る盛況で、日本文化に興味を持つ華僑・華人やフランス出身のインターン生など海外出身の観客も多く集まり、伝統文化を楽しんだ。
太夫道中に始まり、琴(筒井詠子)、尺八・篠笛(山口整萌)、講談(旭堂南海)、落語(月亭文都)、津軽三味線(成田博明)、かっぽれ(櫻川梅清士)、京舞(末廣屋 葵太夫)が披露された。司会の司太夫による詳しい解説もあり、観客らは手拍子をしたり笑い声をあげたりして芸能への理解を深めた。
太夫道中では末廣屋の葵太夫が総量約30キロの装束に身をつつみ、圧倒的な美しさで会場を魅了。イベントの最後には葵太夫が禿(かむろ)と少女(しょうめ)と共に、京舞『嶋原三番叟(しまばらさんばそう)』を披露した。同曲は島原に伝わる華やかな祝いの舞。篠塚流のみが舞う特別な演目だ。
葵太夫(中央)
母司太夫のもと、2歳8ケ月から禿、12歳(中学1年生)より振袖太夫(ふりそでたゆう)として修業を積んできた葵太夫。「嶋原の太夫文化や日本の伝統文化を正しく知っていただきたい」。中国をはじめとする海外メディアの取材も積極的に受け、国内外へ太夫文化を発信している。「機会があれば中国でも公演したい。訪日客の皆さんにも是非体験していただきたい」とも話した。
【日中を翔る】水墨画家李庚氏の芸術を語る
画集『李庚畫馬』出版記念セミナー 大連で開催
【日中を翔る】水墨画家李庚氏の芸術を語る
画集『李庚畫馬』出版記念セミナー 大連で開催
楼乙齋中国文化伝播センターの閻峻代表が李庚氏の作品を語る
水墨画家李庚(り こう)(195-)氏の画集が日本の出版社から出版されたことを記念し、5月3日中国大連市内で関連のセミナーが開催された。李庚氏は北京生まれ、現代水墨画の巨匠である李可染氏を父に、彫刻家の鄒佩珠を母にもち、名付け親はこちらも著名な水墨画家斎白石。1980年30歳のときに来日し、現代日本画の研究をするとともに世界中で水墨画を描いてきた。京都造形芸術大学教授をながらく務め、現在は同大(現京都芸術大学)名誉教授、李可染画院院長。セミナーを開催したのは画集『李庚畫馬』を出版した木蓮出版社(本社大阪市)と楼乙斋中国文化伝播センター(大連)。現地の芸術家、研究者、教育関係者など約50名が参加し、李庚氏の作品について討論した。
画集『李庚畫馬』には今年が午年であることにちなみ、李庚氏が描いた馬の絵など約30点が掲載されている。楼乙斋中国文化伝播センターで開催されたセミナーにはそれらの作品が壁一面に飾られ、来場者の目を楽しませた。出版社の代表は李庚氏が長年中国の芸術文化を日本の若い世代に伝える活動をしていることを紹介し、「相手を知ることで尊敬や親しみの念が生まれる。李庚先生の活動は非常に意義深い。今回のセミナーを通し日中文化の相互理解につながると嬉しい」と述べた。
楼乙斋中国文化伝播センターの閻峻代表は自らも水墨画家、篆刻家として活躍する芸術家。専門家としての立場から「李庚氏は一族の芸術的伝統を受け継ぐと同時に中国と西洋の様式を融合させ、古来の技法を学び自身の内なる感情を表現している。芸術に造詣の深い専門家が集まり李庚氏の作品を研究することで中国芸術の伝統を継承していきたい」とあいさつした。
セミナー終了後、全員が少しずつ筆をとり、一枚の大きな馬の絵を完成させた。
画集『李庚畫馬』木蓮出版社
価格 3,080円(税込)
購入希望者は木蓮出版社まで
連絡先 info@kansai-chinese.com
【日中を翔る】異国で磨く「匠」と実業精神
――大阪発ブランドに見る日中ハンドメイドの交差点
【日中を翔る】異国で磨く「匠」と実業精神
――大阪発ブランドに見る日中ハンドメイドの交差点
アクセサリーブランド「The Stubborn King」 王恒さん 周哲浩さん
大阪発のアクセサリーブランド「The Stubborn King(ザ・スタボーン・キング)」が、静かに存在感を高めている。その歩みは単なる新規参入ではない。10年以上にわたる試行錯誤と蓄積を経て、日本で花開いた「再出発」の物語である。
ブランドの原点は2013年、中国・武漢で誕生したハンドメイド工房「カジシャ(咔叽舍)」にさかのぼる。アクセサリー制作を軸に技術とデザインを磨き続けてきた。その経験を礎に、創業者の王恒氏と周哲浩氏は2024年に日本進出を決断。翌2025年6月、大阪市で法人登記を行い、国際ブランドとして新たな一歩を踏み出した。中国での長年の蓄積と、日本という厳格な市場での挑戦が交差する実業型スタートアップの一例である。
王恒氏(左)と周哲浩氏(右) 会社事務所前にて
軍人から起業家へ
創業者の王恒氏は山東省出身、武漢育ち。武漢大学大学院修了後、公安消防部隊に入り18年間勤務した異色の経歴を持つ。火災や水害の現場で培った規律と実行力は、退役後の起業にも色濃く反映されている。2019年の退役後、趣味として続けてきた手工芸への情熱を軸に、新たな道を選んだ。
共通の情熱が結んだ協業
転機となったのは、デザイナーの周哲浩氏との出会いだ。バイクやクラフトへの共通の関心を通じて意気投合し、中国の手工業界の現状に対する問題意識を共有。オリジナルブランドで職人精神を体現したいという構想を具体化させた。
2013年に武漢で工房を設立し、長年にわたりアクセサリー制作の技術と経験を蓄積。来日後、大阪で法人化し、「The Stubborn King」として再出発した。王氏が事業運営や市場開拓を担い、周氏がデザインと技術を担う。明確な役割分担のもと、二人三脚でブランドを築いている。
日中ハンドメイド業界の差
海外進出の背景には、中国市場の構造的課題があった。中国では経済成長に伴い効率や回転率が重視され、手工芸はコストや時間の面で不利になりがちだ。加えて、知的財産保護の不十分さや模倣品の流通も、オリジナル志向の作り手にとって大きな障壁となっている。
一方、日本は品質基準が厳しく、知的財産保護も整備されている。さらに「職人文化」への社会的評価が高く、手工芸が持続可能な産業として成立しやすい環境にある。王氏らはこの違いに着目し、日本を「技術と価値が正当に評価される場」と位置づけた。
言葉と文化の壁を越えて
もっとも、日本での起業は容易ではなかった。言語の壁に加え、商習慣や品質基準の違いが立ちはだかる。創業初期、二人は大阪市内の工房やメーカーを一軒一軒訪ね、自らの製品を売り込んだ。
精緻な仕上がりは評価を得たものの、意思疎通の難しさが商談の障害となる場面も多かった。それでも王氏は独学で日本語を学び、市場や展示会に足を運び続けた。「近道はない」と語る姿勢は、軍務で培った忍耐の表れでもある。
体験型モデルで差別化
同ブランドの特徴は「カスタマイズ体験」にある。従来の完成品販売にとどまらず、顧客自身が制作に参加できる仕組みを導入。アクセサリーやデニム、レザー製品などを自由に組み合わせ、自分だけの一品を作ることができる。
均質化が進むファッション市場において、「個」を重視するこの手法は日本の消費者にも新鮮に映る。今後は日本各地への店舗展開も視野に入れている。
実業で示す信頼
近年、日本では外国人の投資・経営活動に対する視線が厳しさを増している。その中で王氏は、投機ではなく実業に根ざした姿勢を貫く。品質と誠実さで信頼を築くという王道のアプローチこそが、異国での持続的成長につながるとみる。
中国で培った創造力と、日本で磨かれる品質意識。その融合は、単なるブランドの成功にとどまらず、日中のものづくりの新たな可能性を示している。
The stubborn king
和桜商事株式会社
〒544-0011
大阪市生野区田島6丁目2-28-404
電話 06-7178-1359
Email:wangdahuzi5666@gmail.com
https://thestubbomking.co.jp
【日中を翔る】百日宴で願う 国境を越えた友情を受け継いで 河原浩(何浩)君(0)
【日中を翔る】百日宴で願う 国境を越えた友情を受け継いで 河原浩(何浩)君(0)
何玲青さん(右)一家
2月28日、大阪市内のホテルで何玲青さんの次男河原浩(何浩)君(0)の誕生百日祝いが盛大に開かれた。国際物流会社を経営する何さんは日本中華總商会副会長、関西中華總商会名誉会長などを歴任。日本のビジネス界で活躍する著名な華商だ。会場には華僑華人団体の代表や日本人の友人ら約160名の人々が集い、浩君の健やかな成長を祝った。
母・胡丹丹さんに抱かれる浩君
何さんが60歳の還暦を迎えた年に生まれた浩君。何さんは挨拶の中で今は亡き両親と妻胡丹丹さんへの感謝を述べたあと、自分自身の半生を振り返り「一滴の水は海に流れ込んで初めて存在し続けることができる。人は集団に溶け込むことで初めて真の力を発揮できるのです。私が日本で長年努力を重ね、孤独から現在の仕事と家庭を築くことができたのは、在日華僑コミュニティの相互支援と、中国と日本の友人たちの力強い支えがあってこそ」と語った。人々の間の友好こそが日中関係の基盤であると確信しており、在日華僑のリーダーとして在日華僑コミュニティを守り、日中友好の架け橋となる責任を負っていると述べた。
列席者全員で「福」を願う
何さんは生まれながらにして日中文化のゆりかごに抱かれた浩君に「平和で健康な人生を送って欲しい。幸せに成長し、大人になったら感謝の気持ちを忘れず、国境を越えたこの友情を心に留め、温かく責任感のある人間になり、日中友好の原点となる志を受け継いでほしい」と祝福を送った。
何さんが日本に留学した時の保証人小仲宏さん、共に会社を立ち上げた三並啓作さん、来日後の様々な学びを指導してくれた四国大学大学院太田剛教授、甲南大学胡金定教授、そして共に学んだ仲間—京都大学ELP7期代表で同窓会会長の佐藤幸恵さんなど、日本での奮闘を支え見守ってきた人々が壇上に立ち、浩君の誕生を祝った。遠くは中国からお祝いに駆けつけたゲストも。日中の芸術家らは歌や演奏などで会場を盛り上げた。書家でもある何さんは来場者全員に「福」の文字の書を贈り、すべての人々の幸せを祝した。
【日中を翔る】顔が見える交流活動を続け20年 元日中友好桜花協会 主宰 平岡政子さん
【日中を翔る】顔が見える交流活動を続け20年 元日中友好桜花協会 主宰 平岡政子さん
関西華文時報は24年前に創刊した。当時、SNSはなく在日中国人は新聞や直接人と交流する場でさまざまな情報を得ていたように思う。そうした交流の場には中心となって運営する人物がいて、海外で奮闘する人たちに暖かい「居場所」を提供していた。そうした人物の一人平岡政子さん。元日中友好桜花協会の主宰で、飲食店を経営するかたわら定期的に日本人と中国人との交流会を開催していた。12年前に両親の介護のため故郷愛媛県松山市に戻ったが、近日大阪で久しぶりに交流会を開催し、旧交を温めた。
1月17日に大阪市内で開かれた交流会の様子。平岡さんを慕い日中両国の参加者が多く集った
中国に留学し中国語を話す平岡さんは、大阪に住む在日中国人とより多く知り合いたいと、2005年から食事会やボーリング大会を開いてきた。特に趣味の社交ダンスは、当時の中国の全世代の人々に親しみのあるレクリエーションで人気があったことから、定期的に在日中国人向けのダンスパーティを開いて楽しんだ。平岡さんが主催をしたイベントで知り合い結婚した人、友情をはぐくんだ人、ビジネスにつなげた人。さまざまな出会いを見守ってきた。
ダンスパーティーにて(右3平岡さん)
故郷松山でも食事会やボーリング大会、ダンス交流会に温泉旅行と、在日中国人と日本人との交流イベントを続けている。「最近は松山にも中国の観光客が増えて、道案内するなど中国語を話す機会が増えて嬉しい」と話す。
「日中交流合宿〜共創する未来〜」開催——日常を起点に、学生が描く新たな日中交流——
「日中交流合宿〜共創する未来〜」開催
——日常を起点に、学生が描く新たな日中交流——
2月6日から7日にかけて、日中学生交流団体freebird主催、西日本地区中国留学生学友会協力のもと、「日中交流合宿〜共創する未来〜」が大阪にて開催された。本事業は、国際交流基金「日中次世代交流ネットワーク助成事業」の助成を受けて実施された。
オンラインオリエンテーションにて、南京町周辺のおすすめスポットを紹介
本合宿には、日本人学生と中国人留学生あわせて55名が参加。従来の季節行事や文化紹介を中心とした交流とは異なり、「交流企画立案型ワークショップ」として実施され、日中交流を日常生活の延長線上に位置づけ直すことを目的とした。参加者が自らの関心や生活経験を出発点に交流企画を構想・実践することで、「参加者」から「企画者」へと意識を転換することを目指した。
合宿に先立ち、1月31日にはオンラインオリエンテーションを実施し、全体の流れを共有するとともに、班ごとの交流を通じて参加者同士の理解を深めた。
やってみたい日中交流イベントについて語り合う参加者
2月6日、開会式およびアイスブレイクを経て合宿がスタート。参加者は共通点を探しながら班名を決定し、日本語・中国語それぞれの工夫を凝らした班名が生まれ、会場は自然と打ち解けた雰囲気に包まれた。その後、各班は事前課題として検討してきた、日常生活の中から見出した日中交流の切り口や企画構想を共有し、互いの関心や視点への理解を深めた。
インフルエンサー・ヤンチャン氏が日本との出会いや留学当時の経験を語った
午後には、日中文化交流分野で発信を続け、SNSやYouTubeを中心に総フォロワー数30万人を超えるインフルエンサーの楊小溪(ヤンチャン)氏を招き、「共創する未来」をテーマに講演が行わた。文化発信、語学学習、進路選択、将来設計など自身の経験に基づく話を通じて、参加者は日中交流の多様な可能性と、その中で自らが果たし得る役割について考える機会を得た。
神戸華僑歴史博物館を訪問、名誉館長・安井三吉氏とともに
その後、神戸華僑歴史博物館を訪問し、名誉館長・安井三吉氏より、神戸の華僑・華人が異国の地に根を下ろし、社会に溶け込みながら歩んできた歴史について解説を受けた。実地での学びを通じて、参加者は神戸南京町を単なる観光地としてではなく、幾世代にもわたる華僑・華人の生活と文化の積み重ねによって形成された場所であり、日中民間交流の歴史が息づく空間として捉え直した
イベント企画発表会を笑顔で聞く学生たち
2月7日には、企画立案ワークショップが行われた。freebird役員より企画の目的設定や動機の整理、企画書作成の考え方について説明があり、本合宿の本質は「企画書を完成させること」ではなく、「一人ひとりの想いを具体化し、実践可能な形にすること」にあることが強調された。参加者は、食、農業、ファッション、地域文化、言語交流など、日常に根ざしたテーマを出発点に企画を立案し、班ごとに発表を行った。
企画発表会でまちあるきビンゴを企画した学生
2日間の交流を通じて、参加者は日中交流が特定の場に限定されるものではなく、日常生活や身近な人との関わりの中から主体的に創り出すことができるものであるとの共通認識を形成した。歴史や先人の歩みを学びつつ、現代社会の課題や自身の進路と向き合い、未来の交流のあり方を展望する機会となった。参加者からは、「自分自身も日中交流を担う存在であると実感した」との声が寄せられた。
【日中を翔る】産業と人との共存を映す――写真家孫宏亮の視線
【日中を翔る】産業と人との共存を映す――写真家孫宏亮の視線
中国の写真家孫宏亮(そん・こうりょう)さんが近日、写真集『越位』を発表し現地で大きな話題となっている。街角の何気ない風景や工場などの無機質な空間を切り取る孫さんの作品は、静寂の中に生命の息吹を感じさせる。変わりゆく中国の風景の中に、変わらない人の温かみや絶え間なく続く文化と産業文明の対立を映し出した。
孫さんは中国大連市出身、現在は大連瓦房店に暮らす。大連市作家協会会員。1993年より、余暇を利用して写真撮影と執筆活動を行っている。作品は『海燕』『遼河』『百花園』『中国科技報』『大連日報』『東北之窓』など中国の新聞や雑誌に多数掲載されている。
写真作品『タイムトンネル』は中韓美術展に出品し受賞、1999年広州写真ビエンナーレで優秀賞、2001年大連写真書道展で数点の写真作品が三等賞を受賞するなど各地のコンテストで受賞歴を誇る。
本紙記者との交流を機に日本での個展開催や日本の写真家たちとの交流を計画している。孫さんはいわゆる「美的に美しい」写真を撮ろうとはしない。産業システムが停止した後に残る温もり、「誰かがここにいた」という静寂、喧騒の後の静寂を捉える。「富士山や京都の紅葉などを撮影してみたい」と話す孫さんだが、きっと異国情緒を求めることも、ノスタルジアに浸ることもなく、日本の文化の「継続性」と「産業と人との共存」を映し出すのではないか。